« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

2013年5月12日 (日)

健男霜凝日子神社

大分県竹田市にある祖母山の麓、神原地区の健男霜凝日子神社は、一般的にはほとんど知られていませんが、地元の方々によって大切に整美されている、とても素晴らしい神社です。
私は季節が替わる度によく訪れ、その清んだ空気を味わっています(徒歩すぐの距離にある神の里交流センターの食事処が目当てというのも多分にあります*^ー^*)。

神社の御神体は祖母山(大分県と宮崎県にまたがる山。神武天皇の祖母、豊玉姫命が祀られている)で、頂上に上宮があります。大きな木々、巨岩、傍らの清流、周囲の山々の景観が素晴らしく、また、何と言っても人気の無い静かさ(いつ行っても誰もいません)^^がとっても魅力的です。

アップしているのは今月5日にお参りして来た時の写真です。

実はこの時、私は知り合いのセラピストから計画中の女性と子どものためのイベントについて手厳しいコメント“主婦(私は専業主婦ではありません^^;)が、片手間に本業の邪魔をするな”といった内容を受け、彼女の一方的で否定的な口調に珍しく少し気落ちしていました。

しかし、この神社に入る手前あたりで急に気持ちが晴れてきて、何かしらの違和感を感じ、その場で写真を撮りました。すると(1枚目と2枚目)上部に濃いピンクか紫?の光が写りました。最初は子どものTシャツの色かな?とも思ったのですが、2枚目を見るとそうでもなさそうです。

単純な私はなぜか、この光の写真を見て感謝の気持ちが一気に溢れてきて^^;、「私は多くの存在に応援されている。間違っていない。」とモチベーションが瞬時に元に戻りました。そして、彼女のコメントにも一理ある、そういう辛口なことを言ってくれることに感謝しなければと思い、それならこのイベントは「笑いながら死ぬ気でやろう!」と覚悟しました。
あほは単純でよいです。がんばります!*^▽^*

Takeo1_7

Takeo2

Takeo3

Takeo4

Takeo5

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月 4日 (土)

羽が無いということは

先日、5歳の娘が「どうして人には羽が無いの?」と質問してきました。

「人は飛べなくても、頭を使って食べ物を取ったり、敵から逃げたりできるからよ。」^^;(良かったのかなこんな回答で…)と何気なく答えましたが、

しばらくして、ふと思うことがありました。

人に羽が無いということは、「飛ぶ必要が無い、飛んではいけない」ということなのではないかと。

人の足は地面にしっかり立つ仕様になっています。空を飛ぶ鳥のように、“添え”のような足ではありません。だから、地面に立つということがまず、人の役割なのでないかと思いました。

地面に立つ体を持っているということは、その体が動ける範囲(世界)で、無理して飛ぼうなどせずに、『地上でしっかりとその役割を果たす。動く。』ということが、人の天命であり、本来の使命なのではないか…神様に近付こうと努力して天を目指すことは良いことかもしれないけれど、勘違いして自分の体が地上から離れないように、人間として、まず人間の世界でしっかりと生きることを忘れないようにすべきなのではないか…と考えました。

(それに、地面からは気を頂いたり、自分のネガティブな気を返して浄化したりもできますしね^^)

ついついスピリチュアルな世界の話など、面白くて心がフワフワと浮いてしまうことがあるのですが(それはそれで有りです。あまりにも程度の低い話は別ですが、科学で証明できないからと全てを真っ向から否定する気はありません。)、ただ、容易な方へ簡単に流されることなく(そういう世界に傾倒しすぎず)、自分の軸をしっかりと持ちながら、地に足をつけること(日常の生活、仕事や身近なボランティア)を大切にして、志は高めに進んで行きたいと思いました。
(でも、それって結構難しいことだったりするかな…?^^;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »